Cosmico
2026年9月22日

弁護士のIPO業務、ChatGPT活用の海外事例に学ぶ

国際法律事務所CooleyがChatGPT Workを使い自社開発したIPO支援ツール「GO Public」の事例を整理し、日本の法律事務所がIPO・上場準備業務にAIを取り入れる際のヒントを紹介します。

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  • 国際法律事務所Cooleyは、ChatGPT Workを使い自社開発したIPO支援ツール「GO Public」を運用していることをOpenAIが公式に公開しました(2026年9月17日)。
  • Cooleyは2025年にIPO・キャピタルマーケッツ関連で世界180件のディールに関与し、総額515億ドル超の取引に助言した実績を持つ事務所です。
  • GO Publicは「類似の先例から出発する」従来のやり方ではなく「クライアント自身の情報から出発する」発想に転換し、弁護士の時間を判断業務に再配分することを狙っています。
  • そのまま日本の事務所に導入できる製品ではありませんが、IPO業務に限らず契約書レビューや法令調査にも応用できる考え方が含まれています。

情報の基準日:2026年9月22日時点

IPO業務を担当していると、開示書類の下準備や先例の洗い出しだけで一日が終わってしまうことはないでしょうか。上場準備中のクライアントに急かされながら、深夜まで開示資料と向き合う経験がある方も多いはずです。IPO準備の一般的なプロセスは多岐にわたり、法律事務所が担うIPO業務の負荷は決して小さくありません。海外の大手法律事務所が生成AIをどうIPO業務に組み込んでいるか、具体的な事例をもとに整理してみます。

CooleyのGO Public——IPO業務にChatGPTを組み込んだ独自製品

Cooleyとは、資本市場・IPO案件に強みを持つ国際法律事務所である。OpenAIの公式発表によると、同社は2025年に世界で180件のIPO・キャピタルマーケッツ関連ディールに関与し、総額515億ドルを超える取引に助言したとされています。

このCooleyが2026年9月17日に公表したのが、ChatGPT Workを基盤にした独自のAI製品「GO Public」です。Cooley自身の発表によると、上場申請書類(Form S-1)の初期ドラフトを、従来は数日かかっていたところを数分で作成できるようになったとされています。Chief Innovation OfficerのDavid Wang氏は「IPOのときは、常に何千もの作業をこなす必要がある」と、その業務量の多さを説明しています。GO Publicはエージェント型の作業基盤(AIエージェントの仕組み)を使い、大量の情報を整理・分析したうえで、弁護士がその結果をレビュー・検証する構成になっています。

はるかぜ法律事務所の山田太郎弁護士も、以前の上場準備案件で類似企業の届出書を何十社分も読み比べ、休日返上でたたき台を作った経験があるといいます。

「先例から出発」ではなく「クライアントから出発」への転換

これまでのIPO準備は、類似する他社の先例(precedent)を土台にして、個社の事情に合わせて修正するというやり方が一般的でした。GO Publicでは、クライアント自身が提供した情報を起点に、公開情報や精選された先例を組み合わせることで、より個別最適化された出発点を弁護士に提供できるようになったとされています。

キャピタルマーケッツ部門の共同代表であるDave Peinsipp氏は、この取り組みを「speed to quality」と表現しています。単に同じ作業を速く終わらせることが目的ではなく、質の高い出発点に早くたどり着き、弁護士が開示内容の精査や戦略的な判断など、経験がものを言う領域に時間を使えるようにすることが狙いだという説明です。たとえば新人弁護士が先例選びに迷う場面でも、まずクライアントの資本構成から整理し直すだけで、絞り込みの手間が変わってくるという発想です。IPO業務は情報量が多いだけに、この出発点の違いがそのまま生産性の差につながりやすい領域だといえます。

これは裏を返せば、AIに任せられるのはあくまで「情報整理の一次処理」までで、最終的な法的判断や開示内容の当否は弁護士自身が担い続けるという役割分担でもあります。実際、Wang氏も「専門職としての義務がある以上、クライアントにとって法的に最も守られた結果を出すための作業量は変わらない」という趣旨のコメントを残しており、AIが弁護士の責任そのものを肩代わりするわけではない点は押さえておきたいところです。

日本の法律事務所ではどう応用できるか

架空の事例として、中堅法律事務所「はるかぜ法律事務所」の山田太郎弁護士を考えてみましょう。IPO業務を控えたスタートアップ企業の案件を担当することになり、まずは類似業種の過去の開示書類を洗い出すところから着手しようとしていました。GO Publicのような発想を知ってからは、IPO業務の進め方について次のような手順を意識するようになったとします。

  1. クライアントから受け取った情報(事業内容、資本構成、過去の契約関係など)をまず整理する
  2. そのうえで、公開情報や過去の類似案件から参考になりそうな部分を絞り込む
  3. AIによる下準備はあくまで「たたき台」として扱い、弁護士自身が内容を検証・修正する
  4. 検証済みの内容をもとに、開示書類や説明資料のドラフトを作成する

この順番を意識するだけでも、「まず先例を探す」から始めるより、クライアント固有の論点に早く気づけるという声もあります。もっとも、最初からうまくいったわけではなく、AIが整理した資本構成の要約が最新の株主異動を反映しておらず、仕上げ間際に食い違いに気づいて慌てて修正した、という場面もあったそうです。契約書レビューなど周辺業務でのAI活用については、弁護士のためのChatGPT契約書レビュー実践ガイドと注意点も参考になります。海外の別の事務所によるAIガバナンス体制の構築事例は、弁護士事務所のAIガバナンス構築、海外事例に学ぶでも紹介しています。

導入を検討する際に押さえておきたいこと

良い面ばかりではありません。GO Publicのような仕組みは、Cooleyが自社の実務ノウハウを何年もかけて言語化し、独自にシステム化した結果です。生成AIを契約したその日から同じ効果が出るわけではなく、事務所ごとに「何を任せ、何を弁護士が必ず確認するか」という運用ルールを先に固める必要があります。実際、決算資料を確認せずAIチャットへ貼り付けそうになり、先輩弁護士に止められたという声も聞かれます。個人情報や未公開の財務情報を扱うIPO案件では、体制が整うまで機密情報の入力は避けるべきです。

また、生成AIの出力には誤り(ハルシネーション)が混じる可能性が常にあります。AIが提示した論点や条文解釈をそのまま開示書類に反映させることはできません。弁護士法72条(非弁行為の禁止)や広告規制との関係も含め、断定的な表現や成果の保証は避け、最終判断は弁護士等の専門家へご確認ください。日本弁護士連合会も機関誌LIBRAの特集記事で弁護士業務における生成AIの利活用と留意点を取り上げており、IPO業務のような機密性の高い案件ほど、業界としてのガイドラインもあわせて確認しておきたいところです。

西新宿を拠点にAI・DX導入支援を行う株式会社Cosmicoでも、士業事務所からの相談が増えています。業務のどこにAIを組み込めそうか整理したい場合は、AI戦略コンサルティング生成AI活用の研修も選択肢の一つです。

まとめ

Cooleyの事例は、生成AIを「作業を速くする道具」としてだけでなく、「弁護士の時間配分を変える道具」として位置づけている点が特徴的です。IPO業務に限らず、契約書レビューや法令調査など情報量の多い業務ほど、「先例から出発する」から「クライアント自身の情報から出発する」への発想転換は参考になるはずです。まずは山田弁護士のように、自事務所の業務のうち情報整理に最も時間を取られている工程を一つ書き出すところから始めてみてはいかがでしょうか。

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